米国アマゾン・ドット・コムが、自社の倉庫で働くスタッフのためにキャンピングカー用の駐車場を借り上げている。…この本でその事実を知ったとき、あまりの驚きで空いた口が塞がりませんでした。
スタッフの福利厚生のためにオートキャンプ場を整備して余暇を楽しんでもらうとか、そういう呑気な話ではないんですよ。
優雅なリタイヤ生活をあきらめて…。
米国アマゾンが借り上げた駐車場を利用しているのは、生活に困窮していわゆる「普通の家」に住むのを諦め、車上で生活することを選んだ人たちです。そしてその多くは、本来であれば退職金と年金で優雅な生活を送っていたはずの高齢者。
家も老後の蓄えもすべて失い車ひとつで全米各地を放浪する彼らは、この駐車場に1シーズンとどまり、アマゾン・ドット・コムの倉庫で、1日10時間にも及ぶ商品ピッキング作業に従事するのです。
冬のショッピング最盛期の過酷な重労働に耐え抜くと、彼らは再び路上に出ます。夏のキャンプ場や遊園地のスタッフ、農作業といった肉体労働にありつくために。怪我や病気や車両故障などの不安と常に隣り合わせで…。
映画と原作は別モノ??
この衝撃的なルポをフィクション仕立てで描いた映画『ノマドランド』は、本年度アカデミー賞の本命とも言われているようです。
日本公開版の公式サイト(※現在は削除済み)に載っている著名人のコメントには「大自然の風景が美しい」だの「現代の閉塞感からの脱出口」だの「旅に出たくなった」だのといったキレイな言葉が散見されますが、本を読んだ上での私の感想とはずいぶん違うなあという印象。おそらく映画のほうは見る者に希望を感じさせるような作りになっているのだとは思いますが、このような屈託のないコメントには若干の違和感を覚えます。
だって、これは2泊3日の楽しいキャンプ旅行の話じゃないんですよ。優雅な隠居生活を送る御年配がちょっとした気まぐれで野外生活をしてみる、みたいな話じゃないのです。体力の充分にある若者が夏休みに冒険気分を味わいながら小遣い稼ぎをする…というような話とは全く違うんですよ…。
日本の映画配給会社が採用した「映えるコメント」は貧困問題の美化につながるもので、この作品が本当に伝えたいこととは正反対なのではないかと思うのです。
本の著者ジェシカ・ブルーダーも「ノマド生活を『なんだか楽しそうなオルタナティブスタイル』と見なすのは危険なことだ」と、こちらの記事で警告を発しています。
綺麗事では済まない現実。
現代のノマド(放浪者)は、自らをワーキャンパーと呼びます。「仕事(work)」と「キャンプをする人(camper)」を掛け合わせた造語です。日本でもワーケーション(work + vacation)なる言葉を定着させて商売しようとしている人たちがいますね…。
そのワーキャンパーたちは、自分たちはホームレスではなく「ハウスレス」なのだと言い切ります。従来の意味での家(ハウス)がないだけで、居場所(ホーム=住むところや働き口)はちゃんとある。だからホームレスとは違うのだと。それはそれで素晴らしい考え方だし、社会への恨み節を唱えることもなく自由な生き方を模索し続ける彼らの姿は、私の目にも時にまぶしく映ります。でも。
見栄えのいい言葉は、不都合な事実を覆い隠すだけの道具に過ぎません。彼らが失業することも資産運用に失敗することもなく、居心地のいい家や温かなベッドを手放さずに済んでいたら、放浪生活など好き好んで選んでいたでしょうか。
アマゾン・ドット・コムによるワーキャンパー向けの求人ページをぜひ覗いてみてください(※現在は削除済み)。RV車の側でのんびりくつろぐご夫婦(?)の写真とともに充実の謳い文句が並んでいます。このページに果たして実情がどのぐらい反映されているのでしょうか? この本に登場するノマドワーカーの停泊地をGoogleストリートビューで検索してみると、高齢者がこんなところで暮らし働いているのかと、しばし言葉を失います。
これも多様な生き方のひとつだと言われればそれはその通りです。狩猟採集社会を生きた人々は、季節の移り変わりとともに土地から土地へ移動するのが当たり前でした。それを思えば、人間の原点に戻っただけだとも言えます。高齢ワーキャンパーの多くが白人であることを考えると、生き方を選ぶ余地があるだけマシだとも言えるでしょう。
人それぞれの人生に正解などありませんが、地道に真面目に真っ当に生きている人の努力が報われる世の中であってほしい。私の願いはそれだけです。今の仕事を失えば再就職はなかなか厳しい…そんな年齢になってしまった私にとって、高齢ワーキャンパーの姿を他人事として捉えることはできません。
物事の光と影を受け入れて。
この本を読んで「Amazonとんでもないな」と何度も深いため息をついてしまいましたが、それでも、Amazonを100パーセント悪と見なす気にはどうしてもなれません。買い物が不便な場所、生活圏内に書店が1件もないような街に住む人にとっては、Amazonのような企業は救世主です(私の出身地はまさにそんな地域です)。
Amazonに限らず、物事には必ず光と影の側面があります。一消費者としてその影の部分も知った上で、サービスを利用するべきか否かをそのつど判断していくしかないのかなあと思っています…。
Amazon倉庫の過酷な労働環境に関してはこちらの本でも知ることができます。このような本もきちんと扱うところがまた、私がAmazonを憎みきれない理由の一つなのです。
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