近年のアメリカは、本当に何かがおかしいですね。
社会の分断は深刻度を増すばかりで、政治は機能不全に陥っているように見えます。そうかと思えば、この国では今もなお新たなテクノロジーが次々に生まれ、株価は右肩上がり(最近はちょっと落ち着いてきたようですが)。圧倒的な技術力と豊富な資金を後ろ盾に、若いリーダーたちが力強さを見せつけています。
そんな中で「持たざる人々」は、経済発展の恩恵をますます実感できずにいます。スマホやコンピューターの小さな画面を通して外の世界と擬似的に繋がることで、先の見えない不安を紛らわせる日々。
アメリカのそんな現状を見ていると、何かにつけてアメリカの真似ばかりしてきた我々日本人もまた、穏やかではいられません。
正解のない世の中で自己責任を強いられて生きていくのは大変です。頼れるリーダーに力強く引っ張ってもらいたいと、みな心のどこかで思っているのではないでしょうか。そのリーダーは強いだけでなく、人の心に寄り添える優しい人であってほしい…。
そんな私たちの願いを叶えるべく、今の時代にふさわしいヒーローとしてジェフリー・ディーヴァーが誕生させたのが「The Never Game」の主人公 Colter Shaw(コルター・ショウ)です。
《私が購入した版はこちら↓》
以下、結末には触れずにレビューしていきます。
あらすじ
コルター・ショウは、失踪者を捜索するスペシャリスト。特定の機関に属することなく、懸賞金のかけられた行方不明者を、キャンピングカーで寝泊まりしながらどこまでも追っていきます。
自給自足のサバイバル生活を実践する特殊な家庭に生まれたコルターは、父親から徹底的に叩き込まれたサバイバル術と巧みな情報分析力を活かし、多くの事件を解決に導いてきました。
そんなコルターに、シリコンバレーで行方不明になった女性の捜索依頼が舞い込みます。当初は家族のいさかいが原因の家出と見られていましたが、事態はやがて連続誘拐事件へと発展。被害者を誘拐し監禁する手口が、ある配信ゲームの内容と酷似していることが明らかになり…。
この作品のポイント
アメリカの社会問題が浮き彫りに。
短い章をつないでテンポよく進むストーリー。世界のITを牽引するシリコンバレーを舞台に、業界の内情やITの政治利用、格差の拡大やドラッグの問題など、現代のアメリカ社会が抱える問題がふんだんに盛り込まれています。
ゲーム業界の光と影に迫る。
ストーリーを追いながら、ゲーム業界について知ることができます。ゲームの歴史が紹介される場面では、任天堂やSEGAなどの名前も登場します。ビデオゲームとは無縁のサバイバル生活を送ってきたコルター・ショウと同じくゲーム関係に疎い私にとって、大変勉強になりました。みなさんは、任天堂の社名の由来を英語で言えますか?
コルターの家族に何があった?
事件の謎解きとともに興味をそそるのが、コルター・ショウの生い立ちです。コルターの家族については多くの謎があり、シリーズを通してその謎が少しずつ明らかにされていくようです。個人的には、事件の結末よりもコルターの家族の話の方が気になる!
シリーズは全4巻。私もショウ一家の運命を最後までしっかり追っていかなくては。
主人公のここが魅力
「紙」をこよなく愛するアナログ派。
本を読むならハードカバーで。捜索中はお気に入りの筆記用具で丹念にメモを取ります。キャンピングカーにはアメリカ・カナダ・メキシコ全土をカバーする紙の地図を大量に積んでおり、その数は100部に上るということです…。
コーヒーにもこだわる。
エルサルバドル産の豆がコルターの激推し。私も今度見つけたら買ってみよう。
そうそう、捜査中のコルターが通いつめる老舗のダイナーの食事がとっても美味しそうなんですよ。
ゲームには疎い。
幼少期から大自然の中でサバイバル生活を送ってきたために、ゲームの経験も知識もほぼゼロ。そのせいで捜索中に問題が起こったりもしますが、それがストーリーをより面白くしています。
寡黙すぎない。マッチョすぎない。
従来の私立探偵ものとは一線を画す、どちらかというとソフトなキャラ。ビシッと決めてバーボンのグラスを傾けるタイプでもなければ、生きる防弾チョッキのような筋肉隆々タイプでもありません。家族との間に何かしらの事情を抱えたコルターは、痛みを知っているがゆえに、人に対して(とくに若者に対して)とても優しいのです。
今、人々が待ち望んでいるのは、強くて優しいコルター・ショウのような存在なのかもしれません。
デジタルの波にただ流され、生きている実感を抱けない人。物質的には豊かなはずなのに心はどこか空虚で、明るい未来像を描けない人。そんな人はきっと、コルターから刺激をたっぷりもらえると思います。
心に残った英文
It’s easy to not die. Surviving is hard.
Jeffery Deaver “THE NEVER GAME” (Putnam) pp. 429-430
Not dying isn’t the same as being alive. You’re only alive when you’re surviving. And you only survive when there’s a risk there’s something you can lose. The more you risk losing, the more you’re alive.
私のお気に入り度 ★★★★☆
誘拐事件の内容とその結末にはそれほどの思い入れを感じませんでしたが(筆者がゲームをしないせいです)、主人公の家族に関する過去の謎はとっても気になるので、今後の展開が楽しみです(2作目はすでに購入済み)。紙の本と紙の地図とコーヒー好きの主人公。それだけで推せる!
本を読んだらドラマでも
コルター・ショウ・シリーズをベースにしたドラマ『トラッカー』がディズニープラスで全話配信されています。
主演は、大ヒットドラマ『THIS IS US/ディス・イズ・アス』で三つ子の長男ケヴィンを演じたジャスティン・ハートリー。
THIS IS USでは悩めるコメディー俳優だったケヴィンが、出世してアクションスリラーの主役を張るまでに…。うーん、感慨深い!(虚構とリアルを混同)
家族の問題を抱える心優しいイケメンというコルター・ショウのキャラクター設定は、THIS IS USのケヴィンと似ていますね。もしかしてジェフリー・ディーヴァーは、ケヴィン・ピアソン/ジャスティン・ハートリーをモデルにこのシリーズを書いたのかな…なんて思ったりして。ただし、ドラマ版のコルターは小説で想像していたより若干チャラめかな笑。まあ、映像作品には華が必要なのでこれはこれでOK!
それでは、またお会いしましょう。
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